2011年04月22日
謹んで東日本大震災のお見舞いを申し上げます。
3月11日、この国が初めて見舞われたと思われるM9の未曾有の大地震、大津波の被害が発生いたしました。
死者不明者は1万人をはるかに超え、報道で知る被災地の模様はこれが現実なのかと目を覆うばかりです。
また、福島第一原発の原子炉火災や爆発で放射能汚染は日々拡大するばかり、復旧の目途が立ちません。
犠牲になられた全ての方のご冥福を心からお祈りするとともに、御遺族の皆様に深くお悔み申し上げます。
しかし、東南海地震が来ると早くから予想され、また浜岡原発を抱える私達静岡県民も他人事ではありません。
私達に出来る事はささやかでも節電をする事や、可能な限りの支援を送る事。
私達アトリエ・フィロンドールでは、通常の義援金の他、御来店いただく全てのお客様の「ご縁」を被災地に届けられますよう、御来店頂くたびにお客様お一人に付き200円ずつ、当店より募金をさせていただきます。募金は日本赤十字社を通じて被災地へ寄付し、後日情報を開示させていただきます。
被災された地域の皆様、および関連する地域の皆様、影響を受けた産業に従事する全ての皆様が心の安息を取り戻し、1日も早く復興できますようスタッフ一同、心よりお祈りいたしております。
タグ :東日本大震災
2009年10月18日
JBS タイ研修 チャンタブリ奨学金授与式
ちょうど2年前、まだJBS東京教室で宝石鑑定士資格研究生として勉強していたころ、毎年9月にJBS本科生と一緒に世界一の宝石の集散地、タイに研修旅行に行きました。
JBS畠校長の強い信念の元、18年前から毎年行われている、生徒に宝石の鉱山から加熱、研磨、マーケットまですべてを見せ、体感させる非常に有意義な研修です。
タイ・バンコクからバスに揺られる事6時間、ルビー鉱山があり、また世界中から原石が持ち込まれ、加熱処理と研磨、マーケットが主産業である街、チャンタブリーへ。

杉山 in ターマイ鉱山
ルビー鉱山は、チャンタブリー郊外の赤土の山、24時間体制でブルドーザーがフル稼働、宝石のありそうな土をすくってはベルトコンベアーで高い所から低い所へ水と共に流します。その過程でふるいに掛けられ、比重の重いルビーやサファイヤが下に落ちて行くというわけです。

原石分離装置

ターマイ鉱山で原石探し-2
18年前、畠校長達が初めてこの地に来た時、何人かの子供達が、泥の中から一生懸命に石を探していたそうです。
その時、「なぜ石を拾っているのか?学校は行かないのか?」と聞くと、「お金が無いので学校に行けない、仕方がないので宝石の原石を探している。」と言ったそうです。
日本や欧米先進国では、当たり前の様にジュエリーを買い、身に付け飾り、自尊心と精神的満足感を満たしています。
以前「ブラックダイヤモンド」という映画が話題になりましたが、先進国の虚飾を満たすのは原産国の人達の途方もない労力によるものです。私もこの時、初めて鉱山や加熱、研磨の現場を見てジュエリーを扱う物として襟を正す気持ちになりました。
JBS畠校長は、「ジュエリーを扱う先進国の人間だけが幸福になってはいけない。原産国の人達も幸せになるべきである。」
その信念のもとにタイ・チャンタブリー小学生奨学金制度は18年間ずっと続いています。(1年間学校へ通えるだけのお金¥6,000程なのです。)
2年前、私も5人の子供達に直接奨学金を渡しました。その時の子供達の澄んだ眼差しは今でも忘れる事ができません。
(なぜ直接渡すのかと言うと、間接的に渡すと絶対に子供達にお金は渡らないそうなのです。)
そして、今年はタイには行かれませんでしたが、JBS奥田先生に託し、2人の子供達に奨学金を届けていただきました。

チャイモンコン スィーヂャルーンくん (バーン スワン ソム 小学校 5年生)
チャリ ニー ヌワン スィー ちゃん (バーン ソムデッヂャゥパヤー ウッパタム 小学校 3年生)
JBS畠校長の強い信念の元、18年前から毎年行われている、生徒に宝石の鉱山から加熱、研磨、マーケットまですべてを見せ、体感させる非常に有意義な研修です。
タイ・バンコクからバスに揺られる事6時間、ルビー鉱山があり、また世界中から原石が持ち込まれ、加熱処理と研磨、マーケットが主産業である街、チャンタブリーへ。

杉山 in ターマイ鉱山
ルビー鉱山は、チャンタブリー郊外の赤土の山、24時間体制でブルドーザーがフル稼働、宝石のありそうな土をすくってはベルトコンベアーで高い所から低い所へ水と共に流します。その過程でふるいに掛けられ、比重の重いルビーやサファイヤが下に落ちて行くというわけです。

原石分離装置

ターマイ鉱山で原石探し-2
18年前、畠校長達が初めてこの地に来た時、何人かの子供達が、泥の中から一生懸命に石を探していたそうです。
その時、「なぜ石を拾っているのか?学校は行かないのか?」と聞くと、「お金が無いので学校に行けない、仕方がないので宝石の原石を探している。」と言ったそうです。
日本や欧米先進国では、当たり前の様にジュエリーを買い、身に付け飾り、自尊心と精神的満足感を満たしています。
以前「ブラックダイヤモンド」という映画が話題になりましたが、先進国の虚飾を満たすのは原産国の人達の途方もない労力によるものです。私もこの時、初めて鉱山や加熱、研磨の現場を見てジュエリーを扱う物として襟を正す気持ちになりました。
JBS畠校長は、「ジュエリーを扱う先進国の人間だけが幸福になってはいけない。原産国の人達も幸せになるべきである。」
その信念のもとにタイ・チャンタブリー小学生奨学金制度は18年間ずっと続いています。(1年間学校へ通えるだけのお金¥6,000程なのです。)
2年前、私も5人の子供達に直接奨学金を渡しました。その時の子供達の澄んだ眼差しは今でも忘れる事ができません。
(なぜ直接渡すのかと言うと、間接的に渡すと絶対に子供達にお金は渡らないそうなのです。)
そして、今年はタイには行かれませんでしたが、JBS奥田先生に託し、2人の子供達に奨学金を届けていただきました。

チャイモンコン スィーヂャルーンくん (バーン スワン ソム 小学校 5年生)
チャリ ニー ヌワン スィー ちゃん (バーン ソムデッヂャゥパヤー ウッパタム 小学校 3年生)
一生懸命勉強して、タイ国発展の為に貢献して下さいね。
2009年10月18日
ミャンマー産無処理の宝石、チャリティーセミナー

7月28日・29日に開催した「ミャンマー産無処理の宝石」チャリティーセミナーには、たくさんのお客様の御参加をいただき誠にありがとうございました。
初日には、静岡新聞さんの取材があり、上記のように新聞にも掲載して頂き、初めてご来店の方も多く、新たな宝石ファンになっていただければ幸いです。
ミャンマーという国には、日本人にはなじみが薄いように思われますが、実は大変繫がりの深い国でもあります。
地下資源が豊富なこの国の歴史は、侵略と独立民主化戦争の繰り返し。
太平洋戦前イギリスの植民地であったミャンマーやアジアの各国は、日本軍の手助けにより独立を勝ち得、民主化の英雄アウンサン将軍は遠州とは深い因縁があります。ですので大変な親日国であり、同じ仏教国として、僧侶を敬い、挨拶は笑顔で合掌です。
そして、昨年ミャンマーを襲ったサイクロンの被害にあった子供達に微力でも支援の手を差し伸べるべく、日本ユニセフを通じまして、参加費全額に当店からの分も合わせ、¥12,000を送らせていただきました。


私達の仕事は、宝石にしろ、金プラチナなどの地金にしろミャンマーをはじめとする、原産国の方たちの汗まみれの採掘努力をおいて成り立ちません。一日も早い復興を願っています。
今回の参加者の皆様のコメントを頂きましたので下記に掲載させていただきました。
皆様、ありがとうございました。


2009年10月18日
美ら海からの奇跡の贈り物 黒蝶真珠誕生物語
6月に行った黒蝶真珠&コンクパールフェア、好評のうちに終了いたしました。
20年以上前に初めて見た時の黒蝶真珠の赤や緑の干渉色の美しさは未だに忘れません。
こんな美しい真珠ができるのか!と、本当に驚いたものです。
実は、先月6月に同業者の仲間から石垣島、西表島の琉球真珠、黒蝶真珠養殖場視察ツアーに誘われていたのです。
み、見てみたい!なんというタイミングだろうと思いましたが、なかなか急に4日間も店を空けられず断念し、仲間達から素晴らしい画像をお借りいたしました。

沖縄、石垣島の川平湾。見ての通りの琉球ブルーの透き通った海。ここが世界で始めて琉球真珠会長、渡嘉敷 進氏が黒蝶貝の養殖に成功した地であります。
戦後、たくさんの業者が黒蝶真珠養殖にトライしたそうですが、台風や、母貝の不足、技術不足で全ての業者が断念、沖縄から去っていきました。しかし、理想に燃える渡嘉敷会長ただ1人だけは決して諦める事無く18年の歳月を費やし、とうとう黒蝶真珠養殖に成功したのです。

下の写真は、石垣島川平湾、西表島の養殖場です。母貝を人工授精し、増やすところから真珠養殖は始まります。
数ミクロンの稚貝を、精密ろ過浄水機を通した海水で人工培養したプランクトンを与えながら大事に大事に育てていきます。
お互いにくっつきやすい稚貝を毎日のよう手作業で離し、洗い、病気に掛からないようにまるで赤ちゃんを育てるような感覚でしょう。




一年で、ようやく外海で稚貝を育てる事ができます。湾内の水温、潮の良いところを選びながら稚貝の生育は続きます。
やはり丁寧に藻や汚れをとったり、洗ったりは欠かせません。貝が窒息して死んでしまうからです。
そうして3年でようやく核入れをして真珠養殖ができるようになるのです。




黒蝶真珠は挿核されてから浜揚げまで2年間養殖します。アコヤ真珠は1年ですので2倍の期間がかかります。
そうして、真珠層の巻きの厚い黒蝶真珠は生まれます。

↑ ↑ ↑ ↑ ↑
この時点で真珠と言う命が生まれ、母貝の黒蝶貝は死んでしまいます。
命がけで真珠を守り、産んで亡くなって行くのです。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓

このたった一粒の黒蝶真珠が生まれるまでに6年の歳月と、途方もない労力、そして執念にも似た、人々の汗と涙の結晶なのです。そう、思うとどんな真珠でも粗末にできない気がしてなりません。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓


そしてなによりも忘れてはならないのはこの黒蝶貝は、適合する環境、海域が極端に少ないという事です。八重山諸島やタヒチ、ポリネシア諸島一体でしか生きられない貝なのです。環境破壊が進めば、いつしか黒蝶貝も養殖する事が難しくなってくるのではないでしょうか?
日本のアコヤ養殖もどんどん業者が撤退しているようです。かつては静岡県沼津でも真珠養殖が行われていた程、日本の海は綺麗だったようですが、40年ほど前にすでに廃業してしまったとか・・・・そこで作られた真珠を真珠養殖場が実家と言う方に何ヶ月か前に見せていただいたのですがそれはそれは素晴らしい真珠でした。


先月の黒蝶真珠フェアーのDMでも告知させていただいたのですが、フェアーの売上金のほんの一部ですが、石垣島の美ら海・美ら山募金推進協議会さんに寄付させて頂きました。
いついつまでも、子々孫々絶対にこの海を、この地球を汚してはならない。













